偏った愛。つまりフェチのことらしい。
昨日見かけたデザイナーさんのnoteの記事に偏愛について書かれていた。
その人も昔は漫画家やイラストレーターを目指していたけど、結局デザイナーの道を選んだそうだ。
経緯はわからないけど今の私と似たような感じかもしれない。
自分の好きなこととか推しとか、何かに夢中になることが創造力に大きく影響する。
そう考えると私は特に好きなものがなく(自分でわかっていないだけかもしれないが)、情熱を注ぐことができないから漫画もイラストも描けないんじゃないだろうか、と思った。
描きたいけど描きたいものがない。描くことに固執してるだけ。
そしてなぜ描きたいのに描けないのか…とひたすら苦しむ、焦る。それってもうキッパリと諦めたほうがいいのではと思えてくる。
たまにラクガキすると楽しいけど、結局その程度かって描いた後に自分のことをなぜか勝手に見下して失望している。
誰かに評価されないと意味がないと思っていたのかもしれない。
偏愛。歳を重ねていくごとに何かに夢中になることを躊躇っている気がする。
もう若くないのだからとか無意識に思っているのかもしれない。もしくは冷めてしまった後の虚しさを知っているから、何かにハマってしまうことを避けているのか。
小さい頃はそんなこと当然考えたりしない。あの頃のように何かに夢中になって楽しむことはもうできないんだろうか…。
最近は退職してから時間を持て余しているので、好きだった語学やゲームを少しずつ楽しんでいる。
以前のように長時間続ける集中力と体力がないけれど、短い時間で何回かに分けて楽しむのもいいかもしれない。
そのうち私の中の偏愛も何かに反応して目を覚ましてくるだろうと期待して、今日も自分のやりたいことをやる。

